舞台「キノの旅II - the Beautiful World- 」

プロデューサーインタビューII

01
02間屋
エデュ・プラニング合同会社
間屋口克
03慶長
株式会社Alice
慶長聖也

 舞台を観て、一冊の本を読んだような感覚になった

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――昨年上演された初演、舞台「キノの旅 -the Beautiful World-」(以下、舞台「キノの旅」)はどんな作品になったと思われますか?

慶長 前回、僕たちは「華やかなブロードウェイというよりは、オフ・ブロードウェイ、オフ・オフ・ブロードウェイでやられているような作品をつくりたい」「静かな演劇にしたい」と考えていたのですが、まさにそういう作品になったと思います。
これは観客として言わせていただきますが、本当におもしろかった。もうね、この作品の感想を言いだすときりがないんですよ。この場でキャスト・スタッフのみなさんのご活躍ぶりそれぞれに感想と賛辞を贈りたいくらいですが、とにかく、稽古場で間屋口さんと通し稽古(最初から最後まで止めずに行う稽古)を観たときにすごく興奮したのを覚えています。
さらに劇場に入って、ゲネプロ(リハーサル)で、映像も駆使しながらエルメスがモトラド(バイク)であると表現されているのを観たときには、「僕の想像を超えるものができたんだな」と興奮しました。
クライマックス、流れてくる劇中歌「無限大地の真ん中で」も、キノ役の櫻井圭登さんの歌唱が素晴らしかった。しびれるような感覚を味わいました。だから間屋口さんにも現地でご覧いただきたかったです……。

間屋口 (笑)。実は開幕前日にコロナウィルスに感染しまして、初日の前日から配信が終わるまで外出できませんでした。でもカンパニーで私以外の方がならなくてよかったなと思っています。

慶長 劇場で観た感想としては、原作の『キノの旅 the Beautiful World』(以下、『キノの旅』)を一冊読んだ読後感がそのまま味わえる感じがしましたし、そういうお声もいただきました。
それはやはり時雨沢先生はじめとするみなさまの多大なご協力と、演出の山本タカさん、脚本の畑雅文さん、スタッフ・キャストのみなさんが一丸となってつくったからこそだと思います。
ぜひとも、この作品をずっと続けさせていただきたいという気持ちになりました。

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――間屋口さんは生粋の原作ファンでいらっしゃって(※初演インタビュー参照)、前述の事情で初演は配信での観劇になりましたが、いかがでしたか?

間屋口 まずは私も時雨沢先生、キャスト・スタッフのみなさん、観てくださったお客様に感謝でした。
もちろんプロデューサーとしては「いいものになる」と思っていましたが、原作ファンとしては「どうなるんだろう」という気持ちがないわけではなかったんです。
でも、初日の1週間ほど前に通し稽古を観終わったとき、立ち上がって拍手するくらい「本当に『キノの旅』の舞台ができたな」と感じて。すごくいい作品になったと思えました。
そのぶん幕が開いて、お客さんから反応があって、作品も広がっていくだろうなと楽しみにしていたんですけど……。

――気の毒すぎます。

間屋口 (笑)。でも家から出られなかったので、配信は何度も観られましたし、お客様の感想もサーチできました。
私は『キノの旅』の良さのひとつに、「なにかを語りたくなる」「人と共有したくなる」というものがあると思っているのですが、舞台を観てくださった方が感想をSNSにあげてくださったり、そこで語り合ってくださっていたのを見て、すごくうれしかったです。
原作の良さの一端は舞台でも伝えられたんじゃないかなと感じました。

――どうして「なにかを語りたくなる」のだと思われますか?

間屋口 私は「複雑性」というようなものがあると思っています。
例えばおいしいものでも、誰もが同じようなおいしさを感じられるものもあれば、いろんなニュアンスが込められているから人によって違うおいしさを感じるものがありますよね。
どちらも素晴らしいことですが、私が『キノの旅』の魅力だと思うのは後者です。
例えば小学生が読めばキノへの憧れを感じたりするのかなと思いますし、それが中学生、高校生と成長すると、世の中へのアイロニーを感じ取ったりとか、大人になって読むと今度は実世界が抱える課題を直視させられたりもする。
そういう、自分の経験と作品が結び付いていくような感覚を、私自身が読み続けている中で感じます。だから舞台を観てくださった方も、語りたいことが出てきたのかなと思いました。

 前作を観ていなくてもたのしめる第二弾にする

※この段落以降、舞台で上演するエピソードについてネタバレがあります。

――初演のときから第二弾は決まっていたのですか?

慶長 いえ、もちろんやるからには「続けられたらいいな」とは思っていましたが、初演をやってから第二弾が決まりました。

間屋口 初演を上演しているときにはもう「Ⅱをやりたい」と思っていましたね。

――第二弾が決まると、この舞台がシリーズとして歩み始めることになると思うのですが、それにあたりどんなことを考えられましたか?

慶長 シリーズ化にあたって、どんな構成にすればお客様にとって一番観やすく、より「小説を読んだような感覚」になっていただけるかを改めて話しまして、一作品で3~4エピソードを扱うとか、前作を観ていないと成立しないつくり方はしないとか、そういうことを決めました。
原作はどこから読み始めてもスッと入っていけますから、舞台もそういうものにしよう、と。
だけど、ひとつくらいは連続性もつくりたいというところで、今回は、前作の「コロシアム」(原作1巻・第4話)と関連するお話「祝福のつもり」(6巻・第8話/「コロシアム」の前日譚)を入れさせて頂くことに致しました。

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間屋口 「祝福のつもり」を選んだのは、キノを中心に世界が回っているような見え方ではなく、さまざまな世界にキノが訪れる「傍観者としてのキノ」を描くことが作品として大事だと思ったからです。

――たしかに「コロシアム」ではキノが活躍しますが、その前日譚「祝福のつもり」ではキノは中心にならないですね。

間屋口 「コロシアム」に出てきた(キノ以外の)人が描かれるエピソードですからね。「キノも世界のうちの一人でしかない」ということを感じるのにすごくいい作品だなと思っています。
どんどん世界が広がっていくような期待と楽しみをお客様に持ってもらえたらいいなと思っています。

――その登場人物で、前作から引き続き出演する、キノ役の櫻井圭登さん、エルメス役の辻󠄀凌志朗さんの印象もうかがいたいです。まずは櫻井さんのキノはいかがでしたか?

慶長 前回拝見して、現状、僕らが知り得る中で櫻井さん以外のキノはないと思いました。いくつか理由はあるのですが、やはり初演のときに間屋口さんがしきりにおっしゃっていた「身体性の重要度」は改めて感じましたね。
戦闘シーンしかり日常的な所作しかり、キノのあの機敏さは櫻井さんの身体能力の高さがあってこそ描けたのだと思います。アクションもかっこいいし、銃の扱い方も好きでした。かと思うと、ふとした所作がかわいかったりもして。

――いかにも女性って感じで芝居しているわけじゃないんですけどね。

慶長 そうなんですよ。ちょっとした所作の一つひとつが積み重なってそう感じるんだと思いました。

間屋口 僕も、櫻井さんには100%以上で応えていただいたと思っています。キノの持つ芯の強さとか、かわいらしさとか、ちょっとふざけているところとか、そういった複雑性をちゃんと内包したお芝居をされていて、『キノの旅』という作品が持つ重層性を中心になって体現していただいたと思っています。

――辻󠄀さんのエルメスもひとつ超越していましたね。モトラドを人が演じるわけですから。

間屋口 SNSを見ていてうれしかったのが、多くのお客様があのエルメスを「これが当たり前だよね」「これが最適解だよね」と自然に思ってくださっていたことでした。
人がモトラドを演じるという「どうしたって違和感があるもの」を自然に受け入れさせるってすごいことだと思うんです。
例えばAmazonができた後にみんな「ネットで本を売ればそりゃ売れるよね」と考えたと思うんですけど、まずそれを思いついて、実際にやるってすごいことですよね。
このエルメスも、観れば「こうなるよね」って思うんですけど、それを実現してそう思わせたことがもう素晴らしかったと思っています。

慶長 辻󠄀さんの一つひとつの所作も素晴らしかったですよね。
例えばキノに停められたら絶対動かないとか、そういう細かな積み重ねでエルメスがモトラドなんだってことを僕らに刷り込んでくれたなと思います。
あとは最初にも話しましたが、冒頭に映像で「これはエルメス、モトラドなんです、よろしく」ってことを示したのもかなり効いていたんじゃないかなと思います。

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――キノとエルメス、とてもいいコンビだったので、今回も楽しみです。

慶長 前回公演のとき、黒星紅白先生(『キノの旅』原作イラスト作者)がTwitterで舞台上のキノとエルメスのイラストを描いてアップしてくださったんですよ。
しかもそれに対して原作者の時雨沢恵一先生が「まさにこれ。これ。」ってコメントをされていて。本当にうれしかったです。

 時雨沢先生も山本さんも、小さな嘘を丁寧につく

――演出は引き続き山本タカさんが手がけます。演出にはどんな印象がありますか?

間屋口 それはもう最高でした。

慶長 これは僕が前作のやり取りの中で感じたことですが、時雨沢先生の創作に対する考え方と、山本さんの演劇のつくり方が、非常にマッチしたんじゃないかと思っています。
おそらくおふたりとも論理の積み上げで創作をされるタイプなのではないかなって。
制作にまつわる時雨沢先生のフィードバックは、例えば武器ひとつとっても、現実世界におけるどの時代の技術水準に依るものを採用しているか、その造形がどんな意味合いを持つのかをロジカルに説明してくださるのが印象的でした。
山本さんも、その国ごとのテクノロジーの進歩の検証をきっちりされて、それを衣装にどう反映しようか、音楽にどう反映しようかと考えていました。
「そんな細かいところを見てるんだ」と思うような部分をフックにしていらっしゃったりもして。きっと小説家にも演出家にもいろんなタイプがいらっしゃると思いますが、おふたりはいい具合でマッチしたのかなと思っています。

間屋口 時雨沢先生も山本さんも小さな嘘をすごく丁寧につくので、大きな嘘が「まあいいか」という気になるんですよね。

慶長 ああ、たしかに!

間屋口 細かく考えれば、テクノロジーが一定の水準を超えれば世界はグローバル化して均質化していくので、『キノの旅』で描かれるほどの国ごとの違いは生まれないと思うんです。でもあんなに細かく描かれると、宇宙のどこかにはこういうところがあるかもしれないって気がしてきますよね。
舞台でも、あそこまで所作や動作を作り込んでいたら、人がモトラドを演じているけど「ありだな」となるなと思いました。

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――原作では別の巻に入っているエピソードをひとつの作品にするというところで畑さんの脚本も重要な役割を担っていましたよね。

間屋口 前作で「小説を一冊読んだような感覚」という評価をいただいたのは、脚本の力も大きいと思います。
小説のままやっているわけではないですし、別々のエピソードを繋いでいるので、実際、難しかったと思うんですよ。

慶長 これも僕がやり取りの中で感じたことですが、畑さんは恐らく舞台上で演ずる様を思い浮かべながら書かれていたのではないかなと思っています。
会話のテンポ感や余白を計算して書いてくださっていたんじゃないかなって。だからあんなふうにまとまったんだと思います。

――今作でおふたりがプロデューサーとして期待しているのはどんなことですか?

慶長 僕たちにとって「時雨沢先生の小説、黒星先生のイラストが至高」というのは変わりませんから、そこに少しでも近づきたいです。
今作も盛りだくさんになるので、見応えを感じてもらえるんじゃないかなと思いますし、そこでなにかを感じたり、登場するキャラクターの来し方行く末に思いを馳せたり、そんなふうに楽しんでいただけるとうれしいですね。
お客様とみんなで『キノの旅』という素晴らしい作品を愛し続けていきたいです。

間屋口 初演はきっとみなさん「どんな感じなんだろう」と半信半疑で観に来ていただいたんじゃないかなと思うんです。
そこで幸いなことに多くの方に喜んでいただけて、その第二弾ということで期待値も上がっていると思うんですね。その期待を超えていくのは大変なことですが、この素晴らしいメンバーでなんとか乗り越えていきたい。
舞台「キノの旅」がシリーズ化し、一つひとつ楽しみながら作品を重ねていくと、道のようになっていくだろうと思います。
だからぜひお客様にも「この道を一緒に歩んでいくぞ」という気持ちになっていただけたらうれしいです。

取材・文/中川實穗